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【2004 9月号 No.67】
 長野県天竜川水系 発
 大自然と向き合う「竹ふだ啓蒙活動」
  〜大鹿村商工会青年部ボランティアの試み〜

報告 永田幹夫  


 大自然と人間の猛威にさらされ、年々減少の一途を辿る渓魚たち。そんな現状に歯止めをかけるべく、ある商工会青年部のボランティアがユニークな啓蒙活動を通して、釣り人たちにメッセージを送り続けている。


 長野県下伊那郡大鹿村。南アルプスの雄峰赤石岳を水源に流れる天竜川の支流・小渋川が村中央を縦断し、右岸にわずかな集落を構える過疎の村。古くは戦乱南北朝の時代に、敗走して落ち延びた後醍醐天皇の皇子・信濃宮親王が小渋川上流の山深くに隠れ住み、晩年をひっそりと過ごしたと伝えられている。「御所平」という地名が今なお残り、当時を再現した庵がぽつりとあるのみ。その正面には圧倒的な迫力で視界を遮る小河内岳の山肌と、足元から湧き上がる小河内川の水音。そして風にそよぎ揺れる木々の葉音と小鳥たちのさえずりに身を委ねるだけで、時空を一瞬にして飛び越えて親王たちが生きた古の時代にいるような妙な錯覚に陥ってしまう。大自然に抱かれた大鹿村はまさに秘境、私の好きな場所である。

  渓魚を襲った「自然」と「人間」の脅威

 大鹿村は中央構造線と切っても切り離せない関係にある。中央構造線とは、関東から九州にかけて日本列島を縦断する大断層。村の中心を流れる小渋川はそのほぼ真上に位置し、その影響を色濃く受けて左岸側の崩落がとくに著しい。昭和36年の大水害では、左岸にあった大西集落が一瞬にして崩れた土砂に埋もれ、何人もの方々が犠牲になった。現在では運動公園に生まれ変わり、4月に満開となる桜は有名になりつつある。しかしそんな公園の背後にも井桁状のコンクリート壁と、そしてその上部には未だそそり立って今にも崩れてきそうな大ガレ……。大自然の猛威と人間とが懸命に対峙し、さらなる崩落を食い止めようとする生への執着は、のほほんと訪れる釣り人の視線を奪うには充分すぎるものであった。
 また異質な岩盤が直接触れ合う中央構造帯がもたらす小さな砂礫は、渓魚たちにも厳しい試練を与えた。流れに辿りついて下流へ運ばれた砂礫は、やがてあらゆる深場を埋め尽くし、年を追うごとに渓相は平坦化。渓魚たちの棲み家を奪っていったのだった。
 しかし脅威はそれだけではない。大自然溢れる長閑な大鹿村においても、釣り人のマナー低下が問題視されている。入漁券を持たずに平然と釣りをする者や、釣った魚のすべてを持ち帰ってしまう者。一部の心ない釣り人の行為と年々深刻化する環境の変化に伴って、渓魚たちは激減する。また管理するエリアが広大なため、監視員の目の届かない末端の脇沢に至っては訪れる釣り人の良心に頼らざるを得ない現状も、この悪循環に拍車を掛けていた。
 そのような厳しい環境下で懸命に生きるイワナたちに会いたいと、今年も懲りずに足を運ぶ。まだ赤石岳が生み出すわずかな雪代が、小渋川を青白く染めていた頃であった。

  釣り人のモラル向上と渓魚の減少阻止
大鹿村商工会青年部の「竹ふだ啓蒙活動」

 早朝、日釣り券購入のために鹿塩地区の旅館・塩湯荘へ立ち寄ると、当旅館の主・熊谷英俊氏はこの日も優しい笑顔で出迎えてくれた。氏とはふとしたきっかけからの知り合いである。それは3年前、入漁券と一緒に魚の絵が焼印された竹製の札をいただいた体験に由来する。焼印された魚の大きさはちょうど15センチで、下伊那漁協の定める捕獲最低寸法が瞬時に判断できるようにとの工夫がされていた。
「大鹿村へ訪れた釣り人に対して広く配布することで、渓魚の減少に歯止めを掛けたい」
 大鹿村商工会青年部が中心となって、稚魚の乱獲防止を啓蒙するために独自のアイデアで竹札を製作。熊谷氏はその当時リーダー的な役割を果たした。今年4年目を迎え、現在もこの地道なボランティア活動は続けられている。
 ……暫しの歓談の後、小渋川水系のとある支流へと分け入った。本格的な雪代を前にした流れは細く冷たく透明で、小さな釜状のポイントにはイワナの気配がするものの、そうやすやすと口を使おうとはせず、挨拶程度の均衡が続いた。普段であればいら立つところ、この日は時折見せる岩陰からのわずかなチェイスに安堵するものがあった。なぜなら、変貌する渓相に立ち向かって懸命に生き抜いた彼らの姿を今年も確認できたこと、そのことが嬉しくてたまらなかったからだ。
 柔らかな日差しを受けてのんびりと河原を歩く。やがて視線は周りの風景へ、徐々にキャストする手が休みがちになった。しかしほどなくして先行する釣友に待望のヒット。厳しい自然に磨かれた小渋のイワナはまた一段と美しく、再会を祝って「ありがとう」と心の中で呟いた。そして記念に竹札と並べて写真を数枚撮る。ファインダー越しに見えるのは、滑らかな魚体と『大きくなったらまた会おう』と焼印された文字。その優しさ溢れる言葉の裏には、「現在を生きる釣り人に、ほんの少しの余裕が欲しい」といった強烈な訴えが感じられた。
 大自然の真っ只中で遊ぶことのできる喜びを未来へとしっかりと繋いでいくため、釣り人のモラル向上に少しでもお役に立ちたい……。ただその一心で刻み込まれた切なる文字である。
『大きくなったらまた会おう』
 そんな優しさに包まれて、大鹿村の美しい清流に元気な渓魚たちが溢れんことを、私も願って止まない。


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【大鹿村データ】 
小渋川・青木川・鹿塩川ほか
●解禁期間=2月16日〜9月30日
●遊漁料金=日釣り券 800円(現地売り1300円) 年券1000円
●管轄漁協=下伊那漁業協同組合 TEL0265-23-0327
●大鹿村観光情報
 http://www.ooshika.com/


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