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【2002 8月号 No.43】
熊本県球磨川発!
〜ダム建設の影で失われつつある、名川のもうひとつの至宝〜
奔流山女魚、再び
報告 土肥英司
不順な天候に翻弄された釣行計画
今年は天候が不順である。桜の開花が全国的に大幅に早かったのは記憶に新しい。
球磨川本流の釣りは、5月の連休あたりから6月のアユ漁解禁までの1ヵ月弱が勝負となる。ところが、ゴールデンウイークが終わり、少し日を置いて「さぁ、そろそろ行くか!」と思っていたところで、九州地方は大雨に見舞われた。
3日間止むことなく降り続いたその雨は、梅雨かと思うほどの雨量で、川は濁流と化してしまった。いわゆる渓流釣りの舞台となる河川の上流域なら3〜5日ほどで釣りは可能となる。が、目指す所は中下流域。それも日本三大急流の河川である。平水に戻るには相当な時間を必要とするのだ。
大雨から10日ほど経過したが、その間にも少し降雨があり、なおさら焦る思いが募った。あと数日でアユ漁が解禁となってしまう。そのため、次の宮崎方面への釣行コースを変更し、途中、球磨川本流で一日だけ竿を出すことにした。
大増水の痕跡、不安な見通し
出発に少し手間取ったため、球磨川河口の町・八代へ着く頃には陽は高くなっていた。まずは坂本村周辺から釣っていく。瀬を中心にポイントを探っては車で移動する、ということを繰り返す。広範囲のポイントを一日でチェックしなければならない上に、移動途中、道路整備工事の一方通行の渋滞があり、気持ちはさらに焦る。
ポイントの水量は予想通り未だに増水し、濁りも入っていた。そのため攻め残しが出てくるのが少々残念だったが、それよりも河原の様子の方が気になった。葦の倒れ方、土手の木に引っ掛かった流下物。数日前の大雨の時には相当増水したようだ。
こうなると始末が悪い。通常、梅雨前の雨というものは、釣りに対してよい方向に影響する。釣りにくい所にいた魚が、開けた所に出てきていたり、平水に移行する際のササ濁りは魚の警戒心を和らげ、ヒット率を上げてくれる。しかし、これほどの増水は中・下流域の魚の移動を考えた釣りの予測を不可能にし、これまでのデータを使えなくする。ポイントの絞り込みさえできないし、ウエーディングもままならず、釣行時間も少ない。今日はダメだろう、と必然的に思えた。
タイムアップ寸前の衝撃
今日は外道の数も少ない。さすがに魚も流されたのかと思いながら、瀬戸石駅周辺を釣っていると、正午のサイレンが鳴った。車へ戻るとルーフがギンギンに焼けている。5月末だというのに梅雨を通り越して真夏になったかと思うほどだ。うだるような暑さで、釣りのテンションが落ちてきた。それでも、時折気合いを入れながら、瀬戸石ダム下流、球磨村大野橋付近をチェックし、大瀬辺りまでやって来た。
次から次へとポイントを攻めていると、「ズドン」という重い感触がロッドから伝わった。あぁ、やってしまった。50cmオーバーのニゴイである。油断をするとコイツが掛かる。この魚、スピードはないがトルクだけは人一倍あり、取り込むのに多少時間を要する。当然、そのポイントは駄目になる。移動しながら溜め息が漏れた。
球泉洞前を過ぎ、「槍倒の瀬」辺りで陽が山に陰り、付近は少し暗くなる。ポイントにしてあと2、3ヵ所で今日は終わりになるだろう。釣果は、20cmクラスの本流ヤマメ予備軍の小型が2尾ヒットしただけ。それも9cmクラスのミノーを使用しているため、きちんとフッキングせず途中でバレてしまい、ヤマメの顔は拝んでいない。外道のハスやカワムツの姿もなく、ニゴイだけがウロウロしている。
それでもキャストは止めなかった。対岸や上流にミノーを着水させ、増水した速い流れに乗せながら、アピール層まで送り込む。そして、ヒットゾーンでUターンさせ、トゥイッチングで誘いを掛ける。しかし、タイムアップ間近。頭の中は明日の宮崎県での釣りが支配していた、そんな時である。「超・痛烈な一撃」と名付けられたロッドのティップが、とてつもない勢いで水中へ突き刺さった。
条件反射により、全身でアワセを入れると、魚は異変に気づいたのか空中高くジャンプした。その一瞬に全て確認できた。魚種、サイズ、体色、そしてあの眼差しまでも。ついに来た! 本命だ。しかし、ヤツは水中に入ると流芯へ一気に突進する。リールのドラグが鳴り、魚は私との距離を空けようとする。そうはさせまいと隙を見てはラインを巻き取る。しかし、魚は徐々に離れていく。
猛烈な勢いで流れる流芯が迫り、ロッドを持つ手にも力が入る。平水時でさえ流れが強い川なのに、こんな増水時に流芯へ入られたら、一巻の終わりである。魚を追って岸を移動できればよいが、球磨川中下流域の川底や河原は大変滑りやすいためそれもできない。とっさの判断で、足場を確認して「止まれ!」と念じながら体をのけ反るようにして、ロッドにフルトルクを掛けた。すると、強靭なバットパワーが流芯の寸前で魚を止めた。そして、ロッドワークで頭をこちらへ向かせた。
反撃開始である。左右へは依然として走り回るが、流芯方向へは絶対に行かせない。奥歯をグッと噛み締め、時にはいなし、そして寄せ、掛け声と共にネットですくい上げた。
消えゆく運命?球磨川の奔流山女魚
体長40cm、昨年の魚には体格や迫力は及ばないものの、そこは奔流山女魚。鍛え抜かれた体や、強い流れを味方に付ける賢さは感動的ですらある。球磨川で魚と出合うチャンスはそれほど多くはない。ではなぜ、私がこの流域に足を運ぶのかといえば、この奔流山女魚が大変魅力溢れる魚だからにほかならない。とくに力強い引きはサイズを遥かに凌駕する。恐らく九州ではナンバ−ワンであろう。ファイト中の緊張度が高いほど、魚を手にした時の満足感は大きいといえる。
ところが、今このヤマメたちの未来に暗雲が立ち込めている。それは支流・川辺川に予定されている「ダム建設問題」である。
支流といっても、下流域の豊富な水量は川辺川からの水によってもたらされている。すでに本流上流部に存在する市房ダムと建設予定の川辺川ダムにより、下流の水量を調節して治水することを目的としているらしいが、果たしてそれが本当に必要なのだろうか。流域住民からは必要とする強い意見はあまり聞かれないし、農業従事者の間でもダムの水は要らないという声が多い。それに、計画からかなりの時間が経過しており、その間にも地元からは建設要請や、着工の遅れに対しての不満もほとんど聞かれない。水害に関しても、八代市の河口部や人吉市の一部を護岸改良工事するだけで防ぐことが可能らしい。
子守歌の里として知られる五木村は水没し、観光資源となっている自然や景観も破壊する。下流域の球磨川急流下りの存続も危ぶまれ、水質悪化により九州でも有数のアユ釣り場も衰退、そして“奔流山女魚”はいなくなる。ダム建設によって失われるものは計り知れない。その土地に住民が住み続ける大きな理由は、その土地に対する愛着と文化や風土に対する誇りである。ダムはそれらをも奪ってしまい、過疎に拍車をかけることにもなりかねない。
流域住民が生活していく上で、必要不可欠であるならば建設もいたしかたない。しかし、もしそれが国や政治家の面目を保つだけのものであれば、絶対に建設して欲しくない。「漁業権強制収容」この言葉を多く目にするようになったが、損得以外にも多くの問題が存在することを、建設する側は理解する必要がある。釣り人の立場からいえば、漁業権の問題が解決すれば、それで全てクリアされたと思って欲しくない。
傍らにいる“奔流山女魚”を見ていると、様々な思いが湧いてくる。アユについては討議にも出てくるが、ヤマメについては話題にさえ挙がらない。「こんなに立派なのになぁ」と思わず切なくなってしまう。
陽もすっかり落ち、暗闇が迫りつつあったが、私はこの魚の側を離れられずにいた。
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【球磨川データ】
●遊漁期間:3月1日〜9月30日
●遊漁料金:日釣り券2000円、年券6000円
●管轄漁協:球磨川漁業協同組合
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